かなざわの人物 内蔵武直
クラノタケナオ 生没年不詳 平安時代中期の下級官人。
大道(朝比奈と六浦の中間)という土地に宝樹院があり、「阿弥陀三尊」が客仏として安置されています。神奈川県指定重要文化財です。もとは近くの常福寺(称名寺末寺。江戸時代末期に廃寺)の本尊でした。阿弥陀仏が1999年に解体修理された時、内部から中世の古文書が発見されました。
称名寺開山審海の「阿弥陀三尊像修理願文」によって、平安時代後期の久安3年(1147)に常福寺が建立され、阿弥陀三尊は内蔵武直・その縁友(エントモ 妻)卜部氏・源氏を大壇主(発起人)として造立されたことがわかりました。
内蔵氏は、朝廷の倉庫を管理する内蔵寮の下級役人でした。大磯の高麗寺にかつてあった梵鐘に、内蔵光綱と記されています。『朝野群載』に永久3年(1115)12月 左衛門府生内蔵経則の名があります。検非違使庁の下級官職です。府生は武官系の事務官を意味します、文官系は史生で、公文書作成を行っていました。坂上氏や大蔵氏と同族ならば渡来系の氏族です。武直は相模の国府の少目(ショウサカン)級の下級役人だったと思います。大道が鎌倉への物質運搬等の重要なルートだったことがうかがわれます。
(井上泰利)